大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

青森地方裁判所 昭和23年(行)44号 判決 1957年4月02日

原告 伊藤盛義

被告 青森県知事

主文

被告が原告所有の別紙目録記載の農地二筆につき昭和二十三年三月一日付青へ第二〇九四号の買収令書を交付してなした買収処分はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求原因として

一、訴外青森県北津軽郡長橋村農地委員会は、昭和二十三年一月十九日原告所有の別紙目録記載の農地(以下本件農地という。)につき、自作農創設特別措置法(以下自創法という。)第三条第一項第一号に基く買収計画を樹立し、同日その旨公告の上翌二十日より十日間書類を縦覧に供したので、原告はこれに対し同月二十八日同委員会に異議を申し立てたところ、同委員会は同月三十日これを却下した。そこで原告は更に同年二月二十七日青森県農地委員会に訴願したが同委員会は同年五月二十六日該訴願を棄却する旨の裁決をなし、その裁決書謄本は翌二十七日頃原告に送達されたのであるが、被告はそれに先立つ同年二月二十六日、県農地委員会の右買収計画に対する承認を経たとして、同年三月一日付青へ第二〇九四号の買収令書を発行し、これを同年十月二十四日原告に交付して買収処分をなした。

二、しかしながら右買収処分には次のような違法がある。

(一)  県農地委員会の買収計画に対する承認は訴願裁決がなされた後になさるべきであるのにかかわらず、本件においては、前述のとおり原告の訴願が県農地委員会に係属中の昭和二十三年二月二十六日右承認がなされ、それに基いて被告は本件買収処分をなした。

(二)  右買収に係る本件農地は、原告の住所地たる青森県北津軽郡七和村に隣接する同郡長橋村に所在し、原告方より僅々七、八町の距離を存するのみのところであつて、原告が祖先伝来所有し耕作し続けて来たところであり、殊に祖父又十郎は明治初年本件農地開墾のため溜池を掘さくし、且つ、用水堰及び農道等を築造してその利用の増進に努めた。そして本件農地附近には他にも原告所有農地をはじめ前記七和村在村地主の農地が少からず存在し、何れも右溜池の貯水によつて灌漑されるのみならず、右七和村大字原子字紅葉の原告住所地近辺の農地迄も、右溜池から引水利用して来たところで、そのため右七和村及び長橋村在住の関係耕作者が更に十数年前から共同出捐の下に、右溜池の水門をコンクリート造りに改造する等共同設備の充実を計つて来た。

右のような状況であるから、本件農地の所在地は自創法第三条第一項第一号に基ずき、前記七和村に準ずる区域として指定せらるべき場合に該当し、原告もその旨県農地委員会に申請したが、その承認を得られない儘本件買収処分がなされた。従つて本件買収処分は本件農地が客観的に準区域として取り扱わるべきに拘らず、これを無視して行われた違法がある。

以上何れの理由によるも、被告のなした本件買収処分は違法なものであるから、その取消を求めるため本訴請求に及んだと述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として

原告主張の第一事実は認める。第二事実中、県農地委員会の為した承認は訴願認容の裁決を解除条件としたもので、かくの如く予め買収計画を承認することは違法でない。仮りに違法であるとしてもその後昭和二十三年五月二十六日原告の訴願棄却の裁決がなされたから、右の違法は治癒せられた。また、準地域の指定は個々の農地についてなさるべきでなく、特定部落区域全般につきなさるべきところ、本件農地所在地につき右指定をなすべき理由がなく、且つ右指定をなすか否かは行政庁の自由裁量に属し、該指定をなさざることを以てその違法を主張することはできない。と述べた。(立証省略)

理由

原告主張の本件農地に対する買収計画、之に対する訴願裁決までの経過並びに訴願裁決前の承認に基いて買収処分をなしたこと(請求原因第一の事実)は当事者間に争がない。

第一、よつて先ず右訴願裁決以前になされた本件買収計画に対する県農地委員会の承認の当否につき按ずるに、自創法第八条によれば、県農地委員会の農地買収計画に対する承認は、該計画について適法な訴願がなされた場合、その訴願に対する裁決が行われた後になされなければならない旨定められているのであるが、その趣旨とするところは直接農地所有者の権利を左右する訴願裁決が自由且つ公正な立場で行わるべきことを担保しようとするにあるものと解すべく、従つて右手続は厳格に履践せらるべきであつてその違背は単に手続の形式を誤つたというだけに止まらず、それに続いてなさるべき買収処分自体を瑕疵あるものとなすものというべく、後の訴願棄却の裁決によつては右の瑕疵は補正されないものといわなければならない。されば原告からの適法な訴願がなお県農地委員会に係属中の昭和二十三年二月二十六日なした同委員会の承認に基き、これを前提としてなした被告の本件買収処分は違法たるを免れない。

第二、次に、本件農地は自創法第三条第一項第一号に基ずき前記七和村に準ずる区域として取り扱わるべきであるとの原告の主張につき按ずるに、抑々或る地域が現実には自創法第三条第一項第一号に基ずく所謂準区域の指定がなくとも、該地域と隣接市町村との間の特殊な関係からみて客観的に同条に基ずく準区域として取り扱わるべきものと認められる場合には、市町村農地委員会又は都道府県農地委員会は同法施行令第二条による準区域の指定又は承認をなすべき法律上の義務があり、従つて農地委員会が右の義務に違反してその指定をなすことなく買収処分を行つたときには農地所有者は、その違法を主張して該買収処分の取消を訴求しうるものと解すべきである。

ところで自創法第三条第一項第一号は、所謂不在地主として買収を受ける者を原則として行政区劃によつて形式的劃一的に定めわが国農地改革の急速な実施を図つたわけであるから、固より右の形式性劃一性によつて通常予想さるべき地主側にとつての具体的な不合理、例えば当該小作地が境界に近接していて所有者の住居も近距離にあるとか、或は所有者又はその祖先が多大の経済的出捐の下に開墾した農地であるというような個々の所有者と個々の小作地との個人的関係の如きは農地改革という大いなる目的の下においては止むを得ないものとして法自ら容認するところであることは勿論であるが、或る区域が行政区劃上偶々隣接市町村の一部と目されてはいるものの、その地形や経済的利用関係、耕作者ないしは住民の依存関係等当該市町村との間における地理的社会的経済的親近性によつてこれを当該市町村の一部とみるのが相当であり、延いては所有者に対して通常忍従すべきことを要求しうる以上の不当な結果が起るのを避けられるような特殊な事情がある場合に迄右の形式性画一性を貫くことは却つて自創法の理念を逸脱することとなる。準区域の制度が設けられた所以もここにあるものと考える。いまこれを本件につき見るに、成立に争のない甲第五号証の一乃至三と証人斎藤源蔵、同長尾政三、同伊藤健造、同長尾正雄の各証言及び原告本人尋問の結果並びに検証(第一、二回)の結果を綜合すると次のような事情が認められる。

(一)  別紙目録記載の青森県北津軽郡旧長橋村大字豊成字田子ノ浦(昭和二十九年十月一日五所川原町と合併五所川原市を編成)所在の本件農地は、青森市方面から西進し原告の居住する同県同郡旧七和村大字原子部落(昭和三十一年九月三十日五所川原市編入)に到り、同所から俵元部落(旧七和村所属)及び前記旧長橋村大字豊成、同福山の各部落に沿うて北進するコンクリート舗装の県道の東方で、右原子部落から約五町、俵元部落から約二町、豊成、福山の各部落からも略同様の距離を距てた地域に位する一団の平坦地で、元隣村であつた右七和村とは僅かに尺足らずの水溝を距てて隣接し、その東方は旧七和村大字原子字紅葉の林檎畑に接し、その西方及び西南方は本件農地に沿うて北進する旧大浜街道(現況農道)によつて囲繞せられ、附近には人家等がなく、一面の農耕地で前記各部落からの農道四本が設けられてある。

(二)  本件買収時における旧長橋村と旧七和村との境界線は本件農地附近において不自然に大きく湾曲し、本件農地は右湾曲部分に位置する。しかも、本件農地中原告所有の右七和村大字原子字紅葉百四十四番田と接する部分の境界線は、その曲折甚しく互に入組んでいて複雑を極め、その識別は困難である。また、大正年間に前記四部落に沿うて北進する県道が開通されるまでの間は前記大浜街道が旧七和村から旧長橋村を通り飯詰村に到る主要幹線道路をなし、他面前記の林檎畑は東方から西方に低く緩傾斜の丘陵地帯をなすところから、右林檎畑と該道路との間に存する農地及び採草地からなる一団地(本件農地を含む)は一の盆地帯をなし、往時は右大浜街道が両地域を劃する境界線の如き観を呈していた。

(三)  右盆地帯をなす一団地はすべて原告の所有地で、本件農地にして買収せられるにおいては、その周辺は原告の自作田畑又は採草地即ち字田子ノ浦一番田のうち本件買収に際しその対象とならなかつた原告の自作地、同二番の二畑二反九畝一歩、同二番の一原野二反八畝二十四歩、同二番の四原野五畝十九歩、及び隣接地である旧七和村大字原子字紅葉百八十六番の雑種地、同百四十四番の田地等によつて囲繞せられその中間に他人の耕地が存在することとなる。

(四)  しかも本件農地は原告の先々代又十郎が明治年間独力を以て開墾した田地で、同人は先ず本件農地の東方約一時間にして達する旧七和村地内の山峡(間有地)に堤防を築いて用水池(人呼んで又十郎溜池と称す)を造成し、次いで本件農地附近一帯を開田し、右溜池から引水してその灌漑用水となし爾来右溜池及び水路等の維持管理を図り、その一部である本件農地を他に小作せしめるに至つた後は同人等においてもこれに協力してその水路等の浚渫作業に従事し、昭和八年頃には同地の共同耕作者が県当局からの工事補助金を得て右又十郎溜池の水門をコンクリート造りに改める等水利に関する共同設備の充実に努め、かくして本件農地は同地所在の原告所有の他の田地と共に一団地として右溜池からの引水によりその耕作が維持されている。

(五)  また、その耕作者の関係を見るに、本件農地の小作人は六名で、うち四名は旧長橋村地内(豊成、福山部落)の在住者、他の二名は旧七和村地内(原子部落)の在住者であるが、その耕作反別は後者のそれは前者の耕作反別に比してその大半を占め、これに原告の自作地を加算して考察するときは、右盆地帯の耕地の大部分は旧七和村の居住者によつて耕作されている関係にあり、就中本件農地中の字田子ノ浦一番十八号田一畝十八歩は原告の自作地で前記旧七和村所在字紅葉百四十四番田と一体をなしその苗代田として利用されていたものである。

(六)  加うるに、右旧七和村所在の原子部落は附近他部落に比して最も古く、いわばこの地における部落発祥の地であり、前記俵元、豊成、及び福山の各部落は後に至つて生成発達した等の事情もあつて各部落民相互の間には協同による農作業や、物資の共同購入等が行われ来り、経済上又は耕作上における相互依存の関係もかなり緊密である。

以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。しかして右認定の各事実に徴して明かな本件農地の位置、形状、隣接村との境界並びに耕作上の利用関係並びに旧七和村、就中原告の居住地である同村大字原子部落との地理的、社会的経済的親近性等を考慮するときは本件農地の存在する右田子ノ浦地域を旧七和村の準区域として取扱うのを相当とすべく、従つてこれをなさずに行われた本件買収処分は違法たるを免れない。

第三、そうだとすれば、本件買収処分は以上何れの理由によるも違法であつて、取り消さるべきものであるから、原告の本訴請求はこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 佐々木次雄 宮本聖司 右川亮平)

(別紙省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例